今まで密教について色々お伝えしてきましたが、今日は仏教全体についてです。

 

突然ですが、仏教が存在している意味を考えたことはありますか?

もっと幅を広げてしまうと、宗教が存在している意味を考えたことがありますか?

 

ない、という人が多くいると思います。

確かに現代人は仕事や家事、子育てなどに追われていて時間がないので、
そんなこと考えてもしょうがないと思うかもしれません。

 

しかし実はそんな現代人だからこそ、宗教が必要なのです。

なぜかというと、宗教というのは人々の心のあり方、つまりは精神面において必要であり、
時間に追われている現代人にこそ、その拠り所が必要だからです。

宗教は人の物理的な部分にはあまり関係ありませんが、精神的な部分にはかなり深く関わっています。

同じ宗派のつながりは民族の繋がりと同じくらいの団結力を生むことも多く、
事実、歴史を見てみれば宗教が原因で戦争がたくさん起こっています。

これについては肯定するわけではありませんが、人々の心の拠り所になっていることは事実です。

 

日本も昔は、仏教がかなり信仰されていました。

私が子供の頃は、何かトラブルがあると寺の僧侶に聞きに行ったりすることも普通でした。

今では、仏教は葬式の時だけで、やる意味すら知らないことも多く、かなり廃れてきています。

 

これはどうしてでしょうか?

 

私の個人的な考えですが、これは仏教が困っている人を助けず、ほったらかしていることが原因だと思います。

上でも述べましたが、宗教の本質は人々の心を救うこと、つまりは精神的な部分で助言や手助けをすることです。

例えば寺院の説法(せっぽう)はその典型ですね。

あれは人々を集めて、人の生き方とは何かと僧侶が説いているのです。

また「駆け込み寺」という言葉があるように、なにか困ったことがあった時に相談に行って、
解決してもらうのも人の心を救っていると言えますね。

 

これを積み重ねることにより、人々の支持が集まり、檀家制度にみられるように、地域とのつながりが
強くなり、お布施や葬式の依頼、戒名の依頼等がきて、自分たちの生活が成り立つのです。

 

時代の変化についていこうとせず、人々を救おうと動かないのであれば、廃れてしまうのも無理ないと思います。

昔の由緒正しい仏像を置いて、それで拝観料を取って見せ、そのお金で生活している僧侶もいました。

同じ世界にいる立場としては正直イヤになります。

あなたたちの仕事はそういうことじゃないでしょうと言いたくなります。

 

しかし、仏教が人を救わなくなったと言っても、人々の悩みがなくなるわけではありません。

私はむしろ今の若い世代の人達のほうが、人間関係や仕事で多くの悩みを抱えていると思います。

それを助けずに放っておくから、変な新興宗教が金儲けのために出てくるのです。
心の拠り所がなくて、悩みを抱えている人は、このような新興宗教が少し綺麗ごとを言うだけでも
だまされてしまうことが意外に多いです。

これも新興宗教のせいとは一概には言えなくて、既存の仏教がなまけていたからとも言えます。

そして、このような新興宗教が事件を起こすと、ますます若者の宗教への不信感が広がります。

 

やはり、原点に立ちかえり、「人々を救うこと」を大前提にしていかなければいけないのです。

私も以前は事務所に来た人を鑑定するというスタンスで長くやってきましたが、
もはや時代に合っていないと感じ、インターネットを使って悩みを聞いたり、遠方に住んでいて
おふだだけ欲しいといった人に販売して郵送できるようにしてきました。

そして、密教を使って人々を救う、という信条は曲げずにやっていきたいと思っています。

 

やはり、宗教の世界も民間企業と一緒で企業努力が必要です。

どうすればもっと多くの人を救い、支持が得られるかを寺院はもっと考えるべきだと思いますし、
宗教に不信感を持っている人も、宗教の本質を理解して心に留めておいてほしいと思います。